忙しなくはたきで埃を落とす。高いところが終わったら次は下で、畳の上の埃を払って軽く水拭きする。棚や箪笥は触れると怒られるので、慶次に扱えるところなどたかが知れている。その数少ない許可された個所を、慶次は丁寧に掃除していく。幸い背に困ることはないので掃除に手こずったことはない。困ったのは最初、この仕事を言いつけられたときくらいだ。残念ながら家の雑用をしたことはなかったから。
 そんな男としてあるまじき雑用を行う慶次を、三成は静かな視線で見つめていた。かつて西軍の総大将だった男は、その決戦に慶次が乱入してからというものなりを潜めている。噂では四国の長曾我部の元にいるとかいないとか。ただ、慶次のいる雑賀荘にたびたび訪れるため、噂の真偽は不明である。
 三成は、ただ慶次を見ているだけで、声をかけることもしない。彼が何を考え、何を思ってここにいるのか、慶次にはわからない。慶次の方から声をかけても、短い応酬の後に沈黙が訪れるのだ。だから、慶次も構うことをやめた。
 同じ空間に一人と一人が存在するだけ。それを心地が悪いと思わないのが不思議だった。
「三成、少し動いてくれるかい?」
「ああ」
 部屋の掃除が終われば次は廊下だ。長い廊下の水拭きが待っている。慶次の雇い主は細かくはないけれど、廊下が綺麗だと心なしか嬉しそうな顔をする。彼女の笑顔を思い出しながら、慶次は布を絞った。
 廊下に出て拭き始めようとした途端、その廊下を大きな足音が駆けてきた。顔を上げると、太陽のような眩しい笑顔。
「いえや――」
「いえやすぅぅぅぅぅっ!!!」
 慶次が訪問者の名を呼ぶより早く、三成が飛びかかった。斬りかかった、といった方が正しいかもしれない。家康は驚いた表情をしたものの、すぐに嬉しそうに破顔した。
「三成! お前もここに来ていたんだな!」
「貴様、誰の許可を得てここにいる!!」
「友に会いに来るのに許可はいらないだろう?」 「貴様のそういうところが気に食わない!」
 刀を抜いて襲いかかる三成を軽々とかわしながら、家康は三成の相手をする。言い合いができることを喜んでいるようにも見える。
 家康の登場と三成の行動に驚いた慶次は手を止めてやりあう二人をぼんやりと見つめた。仲がいいのはいいことだ、と口元を緩ませる。穏やかな瞳にわずかに羨望の色が混じっていることには、慶次自身気づいていなかった。
 家康は今、天下に最も近い場所にいる。慶次の乱入から三成が動きを見せなくなったため、最大の対抗馬がいなくなったのだ。独眼竜や甲斐の若虎がいるが、最近は勢力が拮抗しているのかそこまで大きな戦は起こっていない。だからこそ、家康は合間を縫って慶次の元を訪れることができるのだろう。
「止めないのか」
 背後から声をかけられる。慶次は目を丸くして後ろを振り返った。慶次の雇い主、孫市が柱に寄りかかる形で立っていた。
 彼女の仕事もひと段落ついたらしい。決して暇ではないらしい孫市が、こうして慶次に構うことは少ないからだ。
「またやりあっているぞ、あれらは」
 彼ら二人が雑賀荘に揃うことは珍しくなく、殺し合いにも似た斬り合いはよく見られる。初めは雑賀集もてんやわんやになっていたものだが、頻繁に起こるものだからもう慣れてしまった。今では巻き込まれないように遠巻きに見守ることになっている。
「うん。いいんだ」
 孫市から家康と三成の二人に視線を戻して、慶次は頷く。三成は本気の殺気を放っているが、どこか家康とのやり取りを望んでいるようにも見えた。
「殺し合いじゃないから」
 三成も家康も、刀を交えてはいるものの殺し合いには発展していない。傍目に見て仲がいいとはいえないものの、憎しみでつながっていた頃よりはずっとましだ。きっとこれからも、彼らが仲良くなることは絶対にないだろう。それでも、いい。
「死んじまったらおしまいだ。謝らせることも、後悔させることも、仲直りすることも、できない」
 慶次はもう、できなくなってしまった。彼らはもう帰ってこないから。二度と会えない。もう、何もかなわない。
 慶次と秀吉たちが間違っていたとは思わない。慶次も秀吉も、自分の道を進んだだけだ。後悔するつもりはないし、やり直したいとも思わない。けれど、家康と三成には、間違ってほしくない。彼らの繋がりが憎しみでも、生きていればどうにでもなる。生きているなら、いくらだってやりなおせる。
「ただの喧嘩なら大歓迎だよ!」
「そうか」
 孫市は慶次の目に陰りがないことを見て小さく彼の頭を小突いた。
「ところで前田。お前に言いつけておいた仕事は終わったのか?」
「え!? あ、いや、それはその……」
 三成に構っていたわけではない。ちゃんと仕事はしていたつもりだ。だが、掃除が終わっていないのもまた事実だ。
 静かな視線に慶次は怯む。
「終わっていないのか」
 ガチャリ。孫市の銃が音を鳴らす。弾が装填されたようだ。弾が装填されたということは、次にされることはただ一つ。
「孫市、待ってくれよっ」
「問答無用だ」
 カワセミが慶次に打ち込まれる。雑賀荘を揺るがす爆音に家康も三成も手を止めた。ぼろぼろの慶次を見て、家康が大きな声で笑う。三成も笑顔とはいえないが穏やかな表情をしていて、慶次も思わず笑顔を浮かべた。
 なあ、秀吉、半兵衛。今俺は、笑って生きてるよ。






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関ヶ原と慶次にはもだもだします。
緑ルート後だとどうなっているのかがすごく気になります。
家康への復讐ができなくなったら、三成は生きていけないような気がするんですが、その後どうするんでしょう。
多分三成は生きてるんじゃなくて存在が続いているだけになるんじゃないでしょうか。
刑部がいる分、気にしてくれる人がいるから死ぬことはないとは思いますが。
ただ続いてるだけになった三成の生きる理由というと言いすぎですけど、気になるもの、の中に慶次が入っていたらいいな、という。
関ヶ原の決戦に乱入して喧嘩という形で収めちゃったんだから、気にしてくれてもいいじゃないか、と思ってます。
家康は変わらず天下を取るだろうし、秀吉を殺したことを後悔しないだろうけれど、疲れたときには慶次に会いに来るんじゃないかな、と。
誰にも捕らえられない慶次だから、高い地位にある人は慶次に会いたくなるんじゃないでしょうか。
甘ったれた理想論者ですけど(^_^;)






2011.04.29.