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番号はすでに並んでいる。あと一つ、ボタンを押すだけでいい。数分もしないうちに繋がって、きっと一番聞きたかった声を聞くことができる。 できる、のに。 「かけらんねぇ……」 指が何度も発信ボタンにかかるけれども、いつまでたってもその指に力が入ることはない。入らないが故にいつまでも発信されず、つまり最も求めている声を聞くことができない。 まるで片恋の少女のような自分が恥ずかしくなって、慶次は顔を両手で押さえてベッドの上でごろごろと何度も転がった。 風呂あがりの湿った髪がシーツの上に広がる。枕が濡れるのも羞恥の前では何の効果もなかった。 しばらく転がり続けていたが、急にピタリと動きを止めた。 「……俺こんなの女の子みたいじゃんか」 小さくて可愛くて、守りたくなるような女の子が同じことをしたならきっと可愛いのだろうけれど、どこからどう見たところで男に他ならない自分が羞恥にじたばたしたところで、気持ち悪い以外の感想を抱けるはずがない。少々ロマンチックかつ乙女チックな思考をしていると常々言われている慶次でも、さすがにこれはないと自分で思った。さすがに引く。 静かな自室で一人羞恥に苛まれながら、慶次は無言で起き上がった。手元の携帯を持ち上げて、画面を覗き込む。依然として番号は表示されたまま、発信されるのを待っている。 慶次は親の敵のように携帯を見つめ、やはり発信ボタンを押さずに放り投げた。どうしたって押せる気がしない。 今日はもうやめてしまおう、ともう一度寝転んだときだった。 「うわっ」 マナーモードにしていない携帯がけたたましい音を立てて鳴りだした。激しい曲調のそれは友達の分類に分けられた人からの着信を知らせるものだ。めんどくさい、と思いながらも出るために携帯を手に取った途端に目に入った名前に、慶次は思わず起き上がって正座をした。ベッドの上にもかかわらず、である。 恐る恐るボタンを押すと、一番聞きたかった声が耳に届いてきた。 『もしもし。慶次、今時間はあるか?』 「う、うん」 『邪魔はしていないか?』 「全然!」 『それはよかった』 耳元で家康の笑い声が聞こえる。急に走り出した心臓を宥めようと胸を片手で押さえこんで、何度か深呼吸した。変わらず心臓は走りまわっていたが、少しは落ち着けたようだ。あとは上ずりかけた声が聞こえていないことを祈るのみだ。 「で、どうかしたのかい?」 『いや、どうかしたわけじゃないんだが』 電話の向こうの声はどこか言いづらそうに言葉を濁した。見えるはずもないのに首を傾げてしまって、慶次は慌てて首を振って家康の名前を呼んだ。 『その、だな。慶次、電話をかけた理由は特にないんだが、その……』 「うん?」 『声が聞きたかったんだ』 どくん、と一際大きく心臓が跳ねる。咄嗟に何も言えずに黙りこむと、家康の照れたような声が耳に届いた。 『学校で会ってはいるんだが、どうしても声が聞きたくなって、だな』 電話をかけたんだ、と家康は照れがちに言った。嬉しくて、嬉しすぎて、何も言えない。慶次はぎゅっと手元の携帯を握りしめた。 慶次が何も言えずにいたせいか、家康が困っているのが気配でわかった。とにかく何か答えようと、慶次は大きく息を吸い込んだ。 「俺も!」 予想した以上の大声が出た。自分の声に驚いて急に声のトーンが小さくなる。 「俺も、声、聞きたかった」 電話をかけるつもりで、携帯を握りしめて何度も発信ボタンを押そうとした。臆病な自分はなかなかボタンを押せずに悶えていただけだったけれど。 こんな時間に電話をかけて迷惑じゃないかとか、ウザいと思われないかとか、どうでもいいことばかりが頭をよぎって、結局諦めようとしていた。 「電話かけようとしたら家康から電話かかってきてびっくりしたよ」 『それはすまないことをしたな。驚かせるつもりじゃなかったんだが』 「怒ってるわけじゃないって! 俺も声聞きたかったって言っただろ? 話し足りなかったんだよ」 慶次がそういうと、家康は黙り込んだ。何か気に障ることでも言っただろうかと、慶次は静かになった部屋で考える。だが、自分の発言の何が気に障ったのかわからなかった。 まさか自分の気持ちが家康に気付かれたのだろうか。そんなことはないはずだ。それを知ったのなら、きっと家康は直接聞くだろう。だからそれはない。 結局答えが見つからないまま、家康が話し出す。 『……そうだな、話し足りないのかもしれない。なあ、慶次。今日はこのまま眠くなるまで話をしないか?』 その声には、不快の色は乗っていなかった。家康に聞こえないように小さく安堵の息を吐いて、慶次は頷く。 「うん! そうしよう。俺絶対家康より後に寝るからな」 『ワシだって負ける気はないさ。慶次より先には寝ない』 会話は途切れることなく、深夜まで続いた。電話をかけるのを躊躇っていたのが馬鹿らしくなるほど、家康との話は楽しかった。くだらない話でも好きな人と話せば楽しい。慶次はずっと笑顔だった。 深夜三時を過ぎる頃になって急激な眠気が襲ってきて、寝ぼけながらも返事をするものの言葉になっているかもわからなかった。 『おやすみ、慶次』 意識を失う寸前に聞こえた声がとても優しくて、慶次は笑みを浮かべたまま睡魔に身を委ねた。 +end+ +++++ 現パロ家慶。 何故か超難産。 何故じゃ。 慶次が乙女チックに携帯の発信ボタンを押せないのを書きたかっただけなのです。 2011.03.21. |