拾ったばかりの頃は、好奇心の中にも確かに不安が見え隠れしていた。
 何もかもが自分の知らないもので、しかも家に帰る方法もわからない。初対面の俺を簡単に信じることもできなくて、でも俺しか頼りにできなくて、警戒しながらも手は離さなかった。不安を口にはしなかったけど、いつだって体全体で訴えていた。
 でもそれはついこの間までの話。
 今、俺の肩に持たれてうとうとする朱色の鬼には、警戒心の欠片もない。始めに比べたらずいぶん無防備になった。
 口元が緩むのを自覚しながら、ルークに声をかける。
「眠い? 寝てもいいんだぜ」
 ルークは力なく首を振った。そうは言うけど目はとろんとしてるし体は今にも崩れ落ちそうだ。幸村も湯のみを置いてルークを説得にかかる。
「ルーク殿は疲れておられるのだろう? 今は眠って、夕餉の後にでもまた話そうぞ」
 また首を振るルーク。
 理由を聞いてみると、何とも可愛らしい答えが返ってきた。
「まだ、幸村たちと、話してたい……」
 心に響いたのは俺だけじゃなかったらしくて、幸村も佐助も言葉に詰まってルークを見つめた。
 幸村なんか今にも叫び出しそう……って思ったら本当に叫び出した。
「そ、そんなに某と話したいと申されるか! この幸村、感動いたしたぞ!!」
「はいはい旦那、静かにしようね。ルークちゃん起きちゃうから」
 幸村の暴走を止める佐助の手にはさっきの茶菓子の皿がのっかっている。茶菓子を持ってきたのが佐助なら片づけるのも佐助のようだ。
 自然なその行為は母親にしか見えない。
 さすが苦労人。
 そんな騒ぎをものともせず、ルークの体が傾いた。それを受け止めて頭を膝の上に載せる。
 いつも思うけどルークって軽いよな。
「む。眠ってしまわれたか」
「ここまで歩いてきたからなぁ」
 馬を借りようとも思ったんだけど、ルークは馬が怖いらしくて仕方なく歩くことになった。ルークに合わせたとはいえ日々歩きっぱなしはさすがに辛かったみたいだ。
「それにさっきまで旦那と稽古もしてたしね。どこの軍にも入ってない子供なら疲れて当然だよ」
「子供っていうか……ルークは十七歳だぜ? 幸村と同じ年」
「ええ!?」
「ウソでしょ!?」
 目を丸くする真田主従。また佐助の珍しい表情が見れた。
 ルーク、お前結構すごいことしてるよ。
 当のルークは実年齢より幼い寝顔をさらしてるけど。
「ルーク殿が某と同じ年……」
「信じられない。元服前かと思ってた」
 それに関しては苦笑を返しておく。
 俺もそう思って口にしたら怒られたんだ。
 確かに眠る顔はあどけなくて、寝言なんか漏らしてみたりするからもっと幼く見える。黙ってさえいればそれくらいの年で通るんだろうけど、口を開けばまるで幼子だ。
 そんなルークを俺は気に入ってるんだけどね。
「こんなに幼いのに」
 そろり、と幸村がルークの髪に触れた。
 起こすのを恐れての仕草は虎若子には似合わない。
 そう思うのと同時に、何故か嫌だと思った。
 幸村がルークに触れることも、ルークが無防備にしていることも。
「ま、それはさておき。前田の風来坊さん、今日はここに泊ってくんだろう?」
 佐助の声で我に返る。
「ああ、虎のおっさんが許可出してくれたらな」
「お館様は許してくださるに決まっている!」
 だから幸村、叫ぶなっての。
「某、お館様に伝えてくるでござる!」
 俺の言葉も届かず、幸村は走っていってしまった。佐助と一緒になってそれを見送る。顔を見合わせて、つい同時にため息をついてしまった。
「旦那は気が早いんだから。ま、大将が許してくれるだろうってのはホントの話だから。ルークちゃん寝かしといていいよ」
「ありがとな」
「ルークちゃんのためだしね。さーて、俺様も腕ふるっちゃおうかなー」
「いや、アンタ忍だろ」
 いーのいーの、なんていう佐助は忍らしく一瞬にして消えてしまった。散らかった茶菓子の残骸を綺麗に片づけて。
 やってることが忍じゃない。
 苦笑を零した俺は何気なくルークの朱色の髪に指を通した。触り心地のいいそれをひとしきり弄んで、朝焼けの欠片を一房掬いあげる。
 身をかがめて口づけをひとつ。
 ルークが少しだけ、身じろいだ。
「何やってんだろ、俺」
 この感情に、まだ名前は付かない。






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甲斐の国編続きでした。
慶次にもっともだもださせたいです(笑)
一応これって慶次落ちになるんでしょうか?(聞くな
ルークが愛されるならもう何でもいいけどね!(その結果がこれ(ぇ