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【余裕なんて無い】 7月というのは、誰もが忙しい時期だ。 祝日がないからひと月まるまる動かなければならないし、月末には期末試験が始まったり、授業で発表があったりする。春からバイトをしていれば、そろそろ慣れた頃だといって少し大変な仕事を任される。 銀時もまた例外ではなかった。2年生である銀時は専門の授業も多くなってきていて、授業の予習や発表の準備で、休む暇もなかった。休みが欲しい、が最近の口癖だ。 「あー、高杉、それとって」 ぐたりと食堂の机に倒れ込んで、銀時はシャーペンを滑らせた。 手元のルーズリーフには日本で使うものとは違う漢字が並べられている。銀時が専門で取っている中国語の問題だった。 高杉が銀時が指さした辞書を渡すと、銀時の前に座る桂が銀色の天パを叩いた。 「何だよヅラぁ」 「ヅラじゃない! 桂だ! じゃない。銀時、だらしのない格好をするな。ちゃんと体を起こせ」 「えぇー……めんどくせぇ」 そういう桂は何かの手本のように背筋を伸ばしていて、どこをとっても完璧な座り姿である。嫌味かと思うくらいだ。 恨めしげに桂を見上げると、高杉がおかしげに喉を震わせた。桂が不審げに、銀時が不思議そうに高杉を見る。高杉は銀時と桂を見比べ、目を細めた。 「母親見てぇだなァ、ヅラ」 「誰が母親だ!」 桂の怒鳴り声が食堂に響く。周囲が何事かと音源を探し、桂の姿を見て納得した。 桂の怒鳴り声はよく食堂に響くため、食堂を利用する人にとっては日常茶飯事になっているのだ。銀時たちは大抵食堂で勉強しているのでなおさらだ。 標的が変わっても説教を続ける桂を見て、銀時は深くため息をついた。体を倒したまま辞典をめくり、目的のページを開く。 桂と高杉を放置し、気が乗らないながらも課題を進めることにした。せっかく対象ではないのだから、関わらないに限る。 説教をされているはずの高杉は桂を視界に入れることすらせず、きょろきょろと食堂内を見渡していた。とある方向で視線を止めると、口端を上げたくらむような意味ありげな笑みを浮かべた。視界の端にそれを見た銀時が頭上に疑問符を浮かべた途端。 「ぎーんときさん」 語尾に音符さえつけそうな弾んだ声がして、銀時の背中に重みがのしかかった。ギシ、と音を立てて固まる銀時。 高杉の含み笑いにようやく説教をやめた桂が、銀時の背中に覆いかぶさる男を認めた。 「銀時。そいつは何者だ?」 不審者を見るような目で、桂は男を上から下まで眺めまわす。説明しろ、と目が伝えていた。その辺りが世話焼きだ母親だとからかわれる要因なのだが、当の本人は全く気付いていない。 前からも後ろからも面倒なものがやってきたと銀時は肩を落とす。 「あー、沖田くんは……」 「俺ァ銀時さんの恋人ですぜィ」 一瞬にして場が凍りつく。平然としているのは最初から面白がっていた高杉と、爆弾発言をした沖田本人だけだ。 銀時は言葉もなく、腐れ縁の友人についてきただけの土方は目を見開いていた。桂なんかは今にも掴みかかりそうな勢いだ。 「……銀時」 やけに静かなその声に、銀時は恐る恐る声の主を窺った。声の主は、母親のような父親のような形相で沖田をねめつけた。 「どういうことか説明してもらおうか」 予想通りのその言葉に、高杉が爆笑した。普段爆笑などしない高杉が、腹を抱えて笑っている。 「まあまあ落ち着けよヅラァ。銀時にだって恋人の一人や二人いたっておかしくねぇだろうが」 「いやいや、二人もいちゃあ困りやすぜ」 交わす会話はどちらも笑い混じりだ。銀時も、土方も、桂も、置いてけぼりである。 未だ硬直の解けない銀時とその背に懐く沖田を置いて、高杉は桂と土方を促す。説明しろ、と喚く桂を引きずりながら、ごゆっくり、と心底楽しそうな笑みを浮かべた。 「ちょ、待て、高杉! 誤解招くような言葉残してくな!」 銀時が手を伸ばすが一足遅く。沖田が押さえるのもあって、食堂全体に誤解を残したまま張本人は消えてしまったのだった。 +++++ 背中にのしかかる沖田を振り払い、銀時はもう一度倒れ込んだ。 もうどうでもよくなってきたのだ。いつかの相合傘の件も見られていたようだし、今更誤解を解こうにも無理な話だろうから。諦めた方がいいというものだ。 ……そもそも、銀時が沖田を好きなことは事実だし。 胸中で思ってしまった言葉に、銀時は一生懸命首を横に振った。いつの間にか銀時の前の席に座った沖田は、挙動不審な銀時をにこにこと眺めている。 何がそんなに楽しいのか、ぜひとも聞いてみたい。訊けるはずもないけれど。 とりあえず目の前のイケメンは放置して、銀時は手元の予習を片づけることにした。 明日の予習は今やっているページを含めあと二ページだ。早くやってしまわなければ、今日もまた睡眠時間が減ってしまう。視線が辞書とルーズリーフを行ったり来たりする。 だが、取り合わないと決めたのに、沖田の視線が気になって仕方がない。 銀時は沖田を見てもいないのに、逸らされることのない視線がちくちくと突き刺さる。ちらりと沖田を見ると、目があってにこりと微笑まれた。食堂中から聞こえた悲鳴も聞こえないほど、銀時は緊張を走らせる。力を入れすぎたせいでシャーペンの芯が折れた。 「旦那」 「んー、何?」 「それ、どのくらいで終わりやすかィ?」 「さあ」 極力冷静に言葉を返す。 沖田への気持ちを自覚してから、沖田と会うときはとても緊張する。冷静に話そうとして沖田への態度が素っ気ないものになっているというのは、本人はともかく沖田も気づいていない。 「この後、一緒に昼食いやせんか?」 「終わったらな」 冷静に、冷静にと自分に言い聞かせて、ルーズリーフから顔を上げもしない銀時は、沖田が不満そうな顔をしたことに気付かなかった。意地悪そうな笑みを浮かべた沖田は、身を乗り出して銀時の耳元に口を寄せた。 「銀時さん」 「……っ!」 銀時は息を呑む。ここまで距離が詰まっていたことに気づかなかった失態に内心舌打ちをする。 これほど顔が近いと赤面してしまいそうだ。すでに心臓はマラソンを始めているし、頭の中はパニック状態だ。 なるべく沖田を見ないようにして、体を押し返す。彼に触れた手が微かに震えていた。 押し返された沖田はむす、と子供っぽく頬を膨らませた。小さな舌打ちが聞こえて、一つ二つ深呼吸をして沖田に視線をやった。小首を傾げる銀時に、沖田は拗ねた表情を隠そうともしない。 「余裕たっぷりでムカつきまさァ」 余裕なんかあるわけあるかぁ! と銀時は怒鳴りたい気分になった。怒鳴れるはずもないけれど。 人の気も知らないで、と言うに言えないまま、銀時は机に倒れ込んだ。 +end+ +++++ ちょっとグダグダしてしまいましたが、大学生パロ続編ですー。 これを書き始めたのが6月だというのは内緒← 大学生の実情に関しては、結構実話です。 本当に忙しくて大変です。 お題は恋したくなるお題様からお借りしました。 2010.07.29. |