突然だが、総悟は走っていた。
 時は逢魔が時。昼と夜の混ざり合う混沌。
 数十分もすれば、太陽は完全にその姿を隠すだろう。人それぞれ帰途につくこの時間帯に、何故か住宅地には人っ子一人いない。
 普段は幼い子供たちが暗くなるまで遊んでいる公園も、子供の声はおろか木々のざわめきすら聞こえない。それどころか、生きている気配までも消えているように思えてくる。
 そんな中を、総悟は必死に走る。
「チッ。よりによって今日たァ、運悪すぎでさァ」
 いつもは、近藤や土方と寄り道をして、完全に暗くなってから家路につく。だが、今日はたまたま何の寄り道もせずに素直に帰ってきてしまった。
 『視る』ことは、できるだけ避けたいと思っているのに。
 走って走って走って、ようやく家に着くという時に、『視て』しまった。
 人の形をした白い影が、じっとこちらを窺っている。華奢な体躯に白い狩衣をまとい、公園のすべり台の上に座っていた。狩衣と同じように白い髪と肌が光に透けて、今にも消えそうに見える。
「…………」
 視たくないと思うのに、目が惹きつけられて離せない。今まで視た妖の中で、一番綺麗、で。  気がつけば総悟は、走るのを止めてふらふらとその白に歩みを向けていった。
 目が、合う。息を、呑む。
 それは、二人同時。
「そう、ご――」
 我に返ったのは、総悟が先だった。パッと身を翻して、公園を後にする。
 最後に見えた悲しそうな顔が、頭について離れなかった。






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 総悟は昔から、見えるはずのないモノが見えた。
 妖と呼ばれるモノだ。鬼や霊、物の怪など、普通の人には見えず、妖の方も人に害を加えようとはしない。時折ちょっかいをかけられることはあるが、基本的には無害な存在だ。言い伝えに残る妖怪もこの類だ。
 常人には見えないはずの妖が視えるのは、総悟が『見鬼』という特殊な力を持っているからだ。
 姉のミツバに相談したところ、そんな返事が返ってきた。
 代々陰陽師として名を馳せてきた沖田家は、現代こそその力と地位を失ってはいるが、その昔は陰陽寮の長官を務めるほどの権力を持っていたらしい。先祖返りとでも言えばいいのか、総悟には当時の力が現れたらしい。
 ミツバはすごいわねぇ、と終始にこにこしていたが、総悟にしてみればいい迷惑でしかなかった。
 見たくもないモノを見せられ、時に騒動に巻き込まれ、死にかけたこともあった。
 幼い頃からそういったことを経験するたび、総悟は見鬼の能力が嫌いになっていった。特に、妖の力が増す逢魔が時は、総悟の最も嫌いな時間帯になってしまった。幸い妖は一人の時にしか接触してこないようで、そうと知ってからは一人でいる時間を極力減らしてきた。
 それなのに。
「本っ当に運悪りィ……」
 どうしても一人になってしまう家路の途中、絶対に通る公園の前を通りかかった総悟は、このところずっと見かける白い影を見つけて眉をしかめた。
 総悟の見鬼の能力は安定しておらず、視えるといってもその頻度はあまり多くなかった。毎日視る、というのは初めてのことだ。
 白い影はすべり台の上にうずくまったまま、ちらちらと総悟に目を向ける。何かを話したそうな雰囲気が感じられる。
 総悟は舌打ちをひとつし、すべり台に近づいた。
「一体全体何だってんでィ、アンタは」
 目を丸くする白。
 すべり台の上と下、暫し時間が止まる。
 あれだけ話したそうな顔をしていたのに、本当に話しかけられるとは思ってもみなかったようだ。呆けた表情は思った以上に幼くて、話しかける前の儚い雰囲気よりもずっと彼らしく思えた。
 そう思った事実を疑問にも思わず、総悟はもう一度声をかける。白い影は素っ頓狂な声で応えた。
「う、あ、あぅ……えーと、なぁ……」
 頭を掻いたり視線を泳がせてみたり、一人でせわしなく慌ててみせたあと、何かを諦めたように息を吐いた。
「お前、俺のこと覚えてたりしないよな?」
「俺に妖の知り合いはいやせんぜ」
「あー、うん。そうだよな……」
 総悟が吐き捨てるように言うと、何故か白い影は悲しげな顔をした。不審には思ったが、問い詰めるような真似はしない。
 白い影の方も、その隙を与えず話を進める。
 白い影は、銀と名乗った。妖の中でも上位に位置する由緒正しい鬼なのだという。
「ま、もう死んだんだけど」
「今アンタここにいるじゃねェですかィ」
「幽霊みたいなもんよ。未練が残ってっから成仏できねぇんだよ」
「未練って何ですかィ?」
「んー……そりゃ秘密。強いて言うなら、大切な思い出……かな」
 愛しい、と視線が語る。
 総悟は唇を噛んだ。胸がざわついて仕方ない。
「ま、もう少し成仏できねぇのは確かだし、付き合ってよ」
「……はい?」
 胸のざわめきに気を取られていた総悟が聞き返すと、銀はニヤリと笑った。
「ここで会ったのも何かの縁だし、俺の話し相手になってくれってコト」






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 それから、総悟は銀の望む通りに銀に会いに行った。銀は大抵公園のすべり台の上にいて、何をするでもなく空を見ていた。
 銀との会話は他愛もない話ばかりで、以前総悟が相手にしていた非常識さはなかった。時代錯誤の狩衣がなければ人間と言われても信じただろう。
 すべり台の下から総悟がそう言うと、銀はきゃらきゃらと笑った。
「だったらまず俺の姿が誰にでも見えなきゃ意味ねぇだろ」
「そりゃそうですねィ」
 どれだけ人らしく見えても、銀は妖。
 常人にその姿は映らない。
「それに、人だとか妖だとか、んなもんどうでもいいって思えるようなモノ、見つけちまったからな」
 柔らかな、慈しむような表情。
 銀を現世に留める未練について語る時、銀はたびたびそんな表情を見せた。そのたびに、総悟の心はズキリと痛みを訴える。それと同時に懐かしいような切ない感情も覚えて、総悟は戸惑っていた。
「本当は、こんな変な力欲しくなかったんでさァ」
 ある雨の日、それでも懲りずに公園に来た総悟はポツリと零した。
「アンタに会ってからはそうも思わなくなりましたがねィ」
 幼い頃から見えた妖は、決して総悟の味方にはならなかった。存在を訴えても取り合ってもらえずおかしな子供だと思われ、両親でさえ総悟の言葉を否定した。妖の存在は総悟に害しかもたらさなかった。
 見鬼なんていらないと、何度も思った。
 忌み嫌っていた力を肯定することができるようになったのは、銀に会えたからだ。
 銀は相槌を打つでもなく、ただ黙って聞いていた。銀らしい、と総悟は思った。
「まあ妖なんてのはさ、考えてることは基本的に一つだけなんだよ」
「はあ……?」
 すべり台の上の手すりに座り、銀は足をぶらつかせる。
「人間と同じ姿してる奴以外は考えてることは単純なんだよ。楽しそうなことを探してるんだ。お前に絡んだのも多分、一緒に遊ぼうくらいにしか思ってないと思うぜ」
「そりゃまた……傍迷惑な」
「まあな」
 遊び程度で死にかけたと知って、総悟は頬を引きつらせる。あれは結構トラウマだった。
「人間の姿してんのよりはマシだと思うよー? 人間と同じ姿になれるくらいだから、そいつら小賢しいし」
「じゃあアンタも?」
「俺は誇り高き鬼の一族だから人に悪さなんかしないんですー」
「本当ですかィ?」
 総悟がちゃかして言うと、銀はムキになって言い返した。
 そんな日々が、続いて。
「もう消える?」
 総悟が公園に行くと、銀は相変わらずすべり台の上に座って大きく伸びをしながらそう言った。驚愕に声も出ない総悟に、銀はあの優しい表情で笑いかける。
「未練がなくなったからな。成仏っつーのはちょっと違うかもしんねぇけど」
「ちょ、待ってくだせェ。そんな、いきなり!」
「いきなりっつーほどのもんじゃねぇだろ。成仏するまでって最初に言ったじゃねーか」
「そう、だけど……」
 わかっている。
 それは結局総悟のワガママでしかない。
 わかっているけれど、消えてほしくないのだ。
 やっと妖が嫌いではなくなった。好きになれそうな気がした。
 銀のおかげで。
「俺じゃ!」
「え?」
「俺じゃアンタの未練にはなんねェんですかィ!? 俺ァアンタが好きだ。まだアンタと一緒に−−」
「ごめんな、沖田くん」
 総悟は言葉を失う。
 二週間ほど銀と会い続けたが、その間銀が総悟の名前を呼ぶことはなかった。ただの一度も。
「今アンタ……」
「でも俺、やっぱ総悟が好きだから。お前の気持ちには応えらんねぇよ」
「総悟?」
 それは、今銀の前にいる自分ではないのだろうか。
「なあ総悟。何年たっても、何度生まれ変わっても。俺も総悟を好きになるよ」
「銀……ッ!」
「    」
 伸ばす手も虚しく銀は光に溶けるように掻き消えて。音のない世界にざわめきが蘇った。
 早く終われ、と思い続けてきた逢魔が時。
 少しでも長ければいい、と思い始めた黄昏。
 音があるのは人の世に戻ってきた証でも、今は、嬉しいとも思わない。






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 銀が消えてからさらに二週間がたった。気がつけば毎日のように公園に通っていた。
 会いたいと心が叫ぶ。会えるはずもないのに。
 すべり台に向かいかけて、総悟は目を見開いた。子供ではない誰かがすべり台の上に座って、空を見上げていた。
 目立つ白髪と透けるような白い肌は彼と同じ。違うのは、狩衣ではなく現代の服を着ているということだけで。
 ずっと公園にいて総悟と話した銀の姿に酷似していた。
「ぎん……?」
 思わず呟けば、彼がゆっくりと振り向く。銀より幾分幼い彼は、総悟の姿を認めると澄んだ赤い目を嬉しげに細めた。
「見つけた」
「え?」
「沖田総悟、だろ?」
 とん、と軽やかな音をたて、彼が飛び降りる。総悟と並んで立ち、ふっと笑む。
「会いたかった。ずっと会いたいと思ってた」
「アンタは一体……?」
「俺は銀時」
「銀時……」
「そ。お前がここで会ってた銀の、生まれ変わりってやつ」
「…………」
 突拍子もない話に総悟は頭を抱えた。わけがわからない。
 表情にそれが出ていたのか、銀時はくすくすと笑う。
「今から説明するから、とりあえず座れって」
 自分は立ったまま、銀時は総悟にすべり台の階段を指差した。
「んで、どーゆーわけですかィ」
「んな拗ねんなよ」
 苦笑する顔も、宥める声も、銀の――鬼のものでしかなくて。
 錯覚してしまいそうになる。
「えっと、沖田くんって呼んでいい?」
「ええ、構いませんぜ」
「じゃあ沖田くん。銀の話なんだけど」
 二週間前、この場所で総悟と会っていた銀は、銀時の魂の一部だったらしい。だが、銀が生きた平安時代、心を通い合わせた陰陽師の沖田総悟に会いたいと思う気持ちが強すぎて、銀時の身体を離れ一人歩きしていたのだという。
 この公園に辿り着いたのはおそらく、ここが銀が死んだ場所だったからだろう、と銀時は話を締めくくった。
「つまり、俺とアンタの魂が引き合ったと?」
「そういうことになるかな」
 生まれ変わりだの何だの、信じられないような話だが、見鬼を持ち妖を知る総悟はすんなりと納得できた。というか、そうでもなければ銀と銀時が恐ろしいほど似ている説明がつかない。
「でもなんで今になってなんですかねィ。もう千年はたってるわけでしょう?」
「約束、したんだって」
「約束?」
「総悟が――平安時代の陰陽師な――そいつがさ、銀に言ったんだって」
『何年たっても、何度生まれ変わっても、俺ァアンタを好きになる。だから銀。そんな悲しそうな顔しねェで、俺のこと待っててくれやせんかィ……?』
「その約束を守って、ずっと待ってたらしいぜ。もともと鬼だから人間と寿命は違うし、現代になるまで会えなかったみたいだけど」
 そういえば、銀も言っていた。
 何年たっても、何度生まれ変わっても。
「愛してる」
「へ?」
「愛してまさァ、銀時」
 銀時の手を自分の頬に当てて、総悟はすり、と頬を寄せた。銀時が手を引こうとするのも力にものを言わせて引き止めた。
「バカ言ってんじゃねーよ。俺は銀じゃねーぞ」
「そんなこたァ知ってまさァ」
 擦り寄せた手を口元に持っていき、ちゅっと音をたてて口づける。銀時の顔が一瞬で赤く染まった。慌てているのが手のひらから伝わってくる。
「好きなのは銀、愛してんのは銀時」
「…ッ屁理屈」
「屁理屈で結構でィ。もう逃がさねェ」
 銀時が総悟を見る。
 総悟も銀時を見上げた。
「銀時」
「あーもう! わぁったよ。けどいきなり付き合うとかナシだから。俺もお前もお互いのこと知らねーんだから」
 銀時の言い分は不本意ではあったが、総悟は肩を竦めて了承を示した。握った手は離さなかった。
「でも絶対俺に惚れさせてみせまさァ」
 宣言して、また手のひらに口づけた。


 何年たっても、何度生まれ変わっても。
 君を好きになる。






+end+






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辻褄が合わない話となりました、沖銀生まれ変わり話。
長い上に意味わかんない話……。


見鬼とか妖とか設定は多々ありましたが、盛り込むことができませんでした(泣)
実は銀時も見鬼を持ってて妖の神楽と新八が銀時に懐いてるとか、銀と陰陽師総悟の過去話とか、総悟とミツバさんの話とか……。
機会と気力があったら書こうかな。


とりあえずツッコミ入れられる前に逃げます!!






2009.3.15.
2010.03.28.少し付け加え