「こんにちは〜万事屋で〜す」
 正直なところ、銀時は初め何の嫌がらせかと思ったものだった。
「た、助かったぞ万事屋〜」
 泣きそうな、いやもう泣いている近藤を見て、嫌がらせという考えは吹き飛んでしまったが。
「はいはいわかったから。顔近づけんな」
 ゴリラの抱擁を避けながら、案内役の隊士に従って銀時は真選組屯所の奥へと足を運んだ。不機嫌丸出しのマヨラー副長と神がやって来たと拝む隊士たちが銀時を見送ったのが、なんとも居心地が悪かった。
 前を進む隊士の足は可哀想なくらい震えていて、怯えているのが窺える。何をしたんだサディスティック星の王子、と思わないでもないが、聞いたが最後、案内役は銀時に泣きつくに違いない。彼のトラウマを抉るのは遠慮したい。
 つらつらと考えているうちに一番隊隊長の部屋に着いた。がたがたと震える手に促されて襖を開く。
 洗面器が飛んで来た。
「うぉっ」
 銀時がとっさに避けると案内役に当たってしまう。哀れだ。
「おいおい、何やってんの」
 洗面器を投げたのは間違いなく彼だろう。彼が病人のくせに大人しくしないおかげで、銀時は駆り出されてしまった。
 呆れたような声音にも拘わらず、銀時を視界に入れた沖田はらしくなくとろけるような笑みを見せた。
「旦那ァ、来てくれたんですねィ」
「し、仕事だからな。金もらえるなら何でもするのが万事屋だから」
 本当に嬉しそうに笑うものだから、銀時はなんだか恥ずかしくなって顔を背けた。部屋にいたらしい山崎の「猫被んの早っ」という台詞も耳に入らない。
 なんだ、それ。
 なんでそんなに嬉しそうなわけ?
 ぐるぐる、頭が混乱する。
「旦那」
「……え?」
「だから、俺は水汲んでくるんで、隊長の世話、よろしくお願いしますね」
 言いたいことだけを言って、山崎は逃げるように水を汲みに行った。部屋を出る前に押し付けられたものはどうやら薬らしい。
 入り口に突っ立っていてもしょうがないので、とりあえず中に入り枕元に腰を下ろした。けほけほと沖田が小さく咳き込んだ。
「大丈夫?」
 沖田は柔らかに微笑む。軽口が返ってこないということは、かなり具合が悪いようだ。
「旦那が来てくれたんで、ちゃんと休みまさァ」
「じゃあ何。銀さんが来なかったらどうしてたの」
「体押してでも仕事しやす」
 深い深いため息が漏れた。
 涙声で連絡してきた近藤によると、沖田は今朝急に倒れたらしい。倒れるまでは自分の体調にも気づかず仕事をする気満々で、隊長会議の途中で倒れてやっと熱があるとわかった。
 しかし沖田は風邪を断固として認めず、こんな時に限って真面目に仕事をすると言い出した。近藤の説得も土方の説教も聞き入れず、どうすれば休むか尋ねると、とんでもない答えが返ってきた。
『万事屋の旦那が看病してくれるんなら大人しく寝てまさァ』
 そんなこんなで、銀時は渋々沖田の看病に来たのだった。
 本来なら新八と神楽も来るはずだったが、近藤の必死の形相(さすがの銀時も逃げたくなった)に逃走を図ってしまった。だから今ここにいるのは銀時だけだ。
「バカでしょキミ」
「ひでぇや」
 また咳き込んだ沖田の額をぺしんと叩いて立ち上がる。
「旦那?」
「んな不安そうな顔すんな。ジミーが水汲んできたみたいだから取りに行くだけだよ」
 風邪を引いた沖田は幼い子供のようで、思わず苦笑が浮かんだ。
(風邪ん時は人恋しくなるっていうけどなぁ…)
 年相応というより、幼児化しているように思える。
 可愛い、なんて口に出せばすぐに斬られるだろうが。
(ああ、でも)
 見ているこっちが恥ずかしくなるような、とろけきった笑みはやめてほしいと思う。アレは心臓に悪い。必死で隠そうとしているものを、暴かれそうな気分になる。
 廊下に置いてある水の入った洗面器を部屋に入れる。洗面器だけではなくお粥と水差しもあったので、一緒に枕元に置いておいた。お粥はまだ熱いから、山崎が来てからそう時間は経っていないだろう。
「ほら、お粥。起きれる?」
「……何も食べたくないんですが」
「何か食わねーと薬飲めねーだろうが。朝食ってないだろ?」
「……」
 黙ってしまった沖田の脇に腕を差し入れ、体を持ち上げる。倒れそうになったのを自分の体で支えた。
「ちょ、旦那、自分で起きれ……」
「はいはい、病人は大人しくしてなさい。お粥は……さすがに自分で食べるか」
 あーんってしてあげようか? と冗談めかして言うと、意外にもこくりと頷かれた。
「お願いしまさァ」
 予想外の答えに銀時の方がパニックになってしまう。だが、息をするのも辛そうな姿を見て仕方ないと腹を括った。
(ああ、もう! 沖田くんじゃなきゃやんねぇぞコノヤロー)
「ん」
「あーん」
 沖田はほくほくと熱さを逃がしながら食べる。その表情がひどく上機嫌なのは気のせいだろうか。
「はい、最後」
「…………ごちそうさまでさァ」
 最後の一口を食べきって、沖田はあのとろけきった笑顔を浮かべた。間近でそれを見てしまった銀時は、一気に顔に血が上ったのがわかった。心臓もせわしなく走り回っていて、密着した沖田にも聞こえそうなくらいだ。
「あ…と、じゃあ薬飲むか」
 多分に怪しかったはずだが、銀時に気にしている余裕はない。
「お願いがあるんですけど」
「な、な、何かな総一郎くん」
「総悟でさァ」
 返す言葉もぎこちない。
 沖田は一瞬眉をしかめたが、すぐに表情を戻して銀時を見つめる。銀時が体を支えているせいで端整な顔がすごく近くにあった。
「薬、飲ませてくだせェ」
「…………え」
 ひくり、と頬が強張る。
 それはつまり何か。口移しをしろということか。
 視線で問えば、にこりと返された。その通りだと言いたいらしい。
「……絶対?」
「俺ァ万事屋の客ですぜィ」
 断る余地はなさそうだった。
「……ったく、しょうがねぇなぁ」
 再び沖田の体を寝かせ、コップに入った水と薬を見比べる。沖田にしてみれば可愛いイタズラ(そうとしか思えない)かもしれないが、銀時にしてみれば一世一代の大仕事だ。
 好きな相手と、仕方なしにとはいえ唇を触れ合わせるのだから。
「旦那ァ、まだですかィ?」
 楽しそうな声音に腹が立つ。こっちは今にも壊れそうなくらい緊張しているというのに。
 意を決して薬と水を口に含み、そろりと唇を重ねた。カプセル型の薬を舌で押しやって終わり、のはずだった。
「ん!? んん……!」
 されるがままになっていた沖田が自ら舌を絡めてくる。わざとらしくカプセルを転がし銀時の口内を暴れ回る。離れようと体を引くが腕を掴まれて動けない。
「ん、くぅ…」
 カプセルが割れて、中の液体が流れ出てきた。苦味のあるそれに眉を寄せると、宥めるように舌が上顎を撫でた。嚥下されなかった水が零れて枕を濡らした。
「……ぁ、はぁ、はぁ」
 存分に(沖田だけが)楽しんだあと、やっと解放された銀時は肩で息を繰り返した。ぎり、と視線だけで射殺せそうなほど沖田を睨むが、沖田はふわふわ笑って嬉しげだ。
「……あ、悪趣味」
「金は払ってんだからこれくらいしてもらわねェと」
 睨んでも文句を言っても沖田は表情一つ変えず、それどころかますます上機嫌になっていくようだった。だんだん銀時の方がいたたまれなくなってきて、適当に絞ったタオルを乱暴に額に乗せると洗面器を持って立ち上がった。
「どこ行くんで?」
「〜〜! 水換えてくんだよっ!」
 沖田の声はどこまでも甘く、走り回る鼓動を抑えられそうになかった。
 音を立てて襖を閉め、ずるずるとその場にへたり込む。
「あれ、は、反則だ…」
 いくら嫌がらせ(そうとしか思えない)だとしても、あんなに濃厚な、甘ったるいキスをされて、何も思わない銀時ではない。
「……勘違い、しちまうじゃねーか」
 銀時が沖田を好きなように、沖田も銀時を好きでいてくれるのではないか。
 こうして銀時を看病に呼んだのも、逢いたいと思ってくれたからではないか。
 そう思って、しまう。
「沖田くんのばーか」
 ぬるくなった洗面器の水に手を突っ込んで、無意味に掻き回した。
 ぬるま湯では、熱は冷めそうに、ない。






+end+






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アレ、なんかあんまり沖→←銀っぽくない…
むしろ沖←銀っぽい…

え、えとですね、実は沖田くんが銀さんに気づいてほしくてワガママ言ったんだとか、お粥あーんも口移しも意図があったんだとか、いろいろ盛り込みたかったのですが。

銀時視点で共通すると難しいですね。
精進致します。



誰か私に文才を!←自分で努力しろよ






2008.12.17.