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ちぅ。 自分のそれよりはるかに柔らかい唇が触れては離れ、離れては触れる。銀時の家に居着いた大きな猫の戯れだったが、銀時には理解しがたい行動だった。 「……で、さぁ、沖田くん?」 ちぅ。 返事の代わりに、髪にキスが一つ。 「それ、楽しい?」 【口端にじゃれあいのキス】 「楽しいですぜィ。綺麗な銀色に触れられるんですからねィ」 沖田は上機嫌で髪にキスを落としていく。向かい合って座らされ数十分はこの状態の銀時は複雑なため息をつく。 銀時を気に入りちょくちょく姿を現すようになった少年――沖田は、今巷を騒がす怪盗『蒼』だという。 弱きを助け強きをくじく、と言えば聞こえはいいが、結局は泥棒。盗んだ芸術品や宝石もその足取りは掴めず、どうなっているのかわからない。それでも蒼が人気を博しているのは、不祥事を抱えた政治家や企業の社長の悪事をさりげなく暴いていくからだ。 目当ての宝を奪う傍ら、蒼は悪事の証拠となる資料を撒き散らすのだ。もちろん警備をしている警察が気づかないわけもなく、蒼に狙われた者はその栄華に幕を下ろすことになる。 だから警察も大衆を抑えることができないのだ、と銀時を気に入っている教授が言っていた。大衆は蒼に肯定的で、彼をヒーローとして扱う者も少なくないから、と。 だが、その大衆のヒーロー蒼が、こんないたいけな(そして何を考えているかわからない)少年だと知れば、どうするだろう。 「はぁ……」 沖田は未だ銀髪にじゃれついている。手持ち無沙汰な銀時はマンガを読んでいるのだが、細い指が自分の髪をくすぐるのがどうしても気になって、マンガの内容はちっとも頭に入ってこない。 (つーか、髪の方がいいのか、髪の方が!) なんだか胸がムカムカするような気がする。 この少年が銀時の家に入り浸るようになってから、彼は髪にしか興味がないかのようだ。沖田はいつも一時間ほど過ごすのだが、その間ずっと髪を触っている。背中にべったり張り付いてみたり、向かい合わせに座って髪を弄んでみたり。髪にキスされるのはもう慣れてしまった。 どんなに近くにいても、沖田は銀色にしか興味を示さず、銀時が話しかけた時くらいでなければ話もしない。 つまらない。 髪だけではなくて、銀時自身にも構ってくれればいいのに……。 「…って、何考えてんだ俺!」 がばっと身を起こして、銀時は思考を振り払うように頭を振った。 「銀時さん?」 向かいにいる、沖田の怪訝そうな視線も気にならない。 (今何考えた俺! 構ってほしい、なんてガキじゃあるまいし!) 考えれば考えるほど顔が熱を持つ。自分の思考なのに自分がわからない。 「ぎーんーとーきーさーん」 両頬を包み込まれ、額がぶつかるくらい近くに顔を寄せられて、銀時はやっと我に返った。 「え、あ、うん?」 「何考えてたんで?」 ぎくり。 端整な顔で覗き込まれると、その気はなくともドキドキしてしまう。その上自分でも理解できない思考が冷静さを奪い、何を返していいかわからない。 「な、何でも、ない、よ?」 ここまでどもって、何もないはずがない。 沖田はうっすらと眉間に皺を寄せる。それは銀時もわかるのだが、他に上手い言葉が見つからないのだ。 「本当に?」 「本当に!」 「じゃあなんで俺から逃げるんですかィ?」 自分でも気づかないうちに、体は逃げをうっていたらしい。そういえば、背中がベッドにぶつかっているような。 「銀時さん、隠し事はよくないですぜィ?」 ますます近づいてくる、顔。 唇が、触れる、直前―― 「どこにいやがる!?」 「おい叫ぶな。気づかれたらどうする!」 刑事たちの声が響いた。 「もう気づいてるっての。なあ?」 不自然に近づいた距離を裂くように呆れてみせ、ベッドの上に逃げる。年下の少年にたじろいだ、という事実は都合よく忘れておく。 気にしたら、負けだ。 「……タイムアップですかィ」 心底つまらなそうに、沖田は立ち上がった。 最近は警察も学んだらしく、銀時の家自体は気づかれていないものの、その周辺まで捜査の範囲を広げている。刑事の声が聞こえたら、『蒼』は姿をくらます。それが銀時と沖田の暗黙の了解だった。 「仕方ない。今日はこれまででさァ」 黒いマントを身にまとう沖田。それだけで雰囲気が変わる。 「じゃあまた」 音をたてて、口端に触れる。じゃれあいのような、それ。 「なん、ばっ、おま……っ!」 「別れの挨拶。そろそろ慣れてくだせェや」 思わず口元を手で覆う。沖田はくすくすと笑い声をあげて、窓から消えた。 静かになった部屋に、ばくばくとうるさい鼓動がやけに響く。ぎゅっと目を閉じると、唇の柔らかさが蘇る。 「キザヤロー…」 もう何度も別れの挨拶をしたが、これだけは慣れない。髪へのキスは許せても、唇へは。 深く深く息を吐いて、もう眠れないだろうなと思った。 近くで感じた彼のぬくもりが、消えてくれない。 +++++ 久々に陽の光で目が覚めた。このところ夜更かし続きで、大学の講義が午後からなことも重なって昼過ぎまで寝ていることが当たり前だったから、なんだかすがすがしい気分だった。 「散歩にでも行くかぁ…」 窓を開けると、冷たい空気が部屋を満たす。 緩やかに流れる風。残り香を消していく。 「……ん?」 ベランダに出て、擦り寄ってくる猫たちをあしらっていると、見下ろした先の黒と目があった。それはもしかしたら気のせいだったのかもしれないが、何故か銀時は目があったと確信した。 どきり、と跳ねた鼓動は何を示しているのか。無理やり視線を逸らして、猫を抱えて部屋に戻った。 同時に、鳴らされるインターホン。思わず猫を抱く腕に力を込めると、容赦なく引っかかれた。痛みが銀時を冷静にする。 「はいはーい。どちらさまぁ〜?」 「警察だ」 また、鼓動が跳ねて。 「警察が朝っぱらから何の用ですか〜」 ふざけたふりをしながら、玄関の扉を開いた。 そこにいたのは、黒いスーツに黒いコートの男。髪も同じく黒く、瞳だけがわずかに青みがかっていた。 「怪盗『蒼』のことで話を聞きたい。時間あるか?」 「朝早くからご苦労なこった……答えられることなんざねぇだろうが、いいさ。上がってけよ」 刑事を促して一応の客間へ向かう。足元の猫たちが警戒しまくっているのがなんだか可笑しかった。 単身訪ねてきた刑事は、土方と名乗った。怪盗『蒼』の捜査のリーダーらしい。ちなみに警部補だった。 「単刀直入に聞くぞ。お前、総悟を知ってるな?」 静かに眉が跳ね上がる。だが、内心の乱れを気取られるようなことはしない。 「総悟って誰? てゆうか、怪盗『蒼』の話じゃなかったわけ?」 嘘をつくのは、慣れている。だが、銀時のそんな反応も予想していたのか、土方は薄く笑う。 「そう警戒すんな。俺はアイツの知り合いだ。アイツの取引相手でもある」 「取引相手?」 「聞いてねぇのか? 総悟の奴本当に気に入ってんだな」 本当に、彼は沖田の知り合いなのだろうか。苦笑する姿は兄のように見えなくもない。 「俺たちは怪盗『蒼』を見逃す代わりに、腐った政治家の裏を暴いてもらってる。いくら警察っつったって踏み込むには限界があるからな。怪盗業はそういうことにはうってつけってわけだ」 そう言って土方は、タバコに火をつけた。銀時の迷惑そうな顔も見て見ぬふりだ。 「総悟は俺の幼馴染で、一族が代々怪盗業をやってきたんだ。国を変え姿を変え、時には誰にも知られず、時にはおおっぴらにパフォーマンスして、な」 「…………」 ややこしい話に、銀時は何も言えなくなる。土方が嘘を言っているようには見えないので、おそらく本当なのだろう。警察ぐるみで犯罪を推奨するとは、頭が痛い。 「それ、本当なんだ?」 「こんな話が嘘だったら俺は誇大妄想者じゃねぇか。これでも刑事だぞ」 それはその通りだ。だが、銀時はそのことを知らなかったのに、わざわざ教えたのは何故なのか。しかも、会いに来たのは沖田には内緒のようだ。土方の行動の意味がわからない。 「じゃあその刑事さんが俺みたいな一般人に何の用があるってんだよ」 「そりゃ、ここんとこ怪盗『蒼』がある一帯で目撃されてることの聞き込み……ってのは建前で、総悟のお気に入りが見たかったからだな」 「……はぁ!?」 間抜けな返事しか返せなかったのは、ある意味当然だと思いたい。 悠々とタバコを吸う土方に対して、銀時は呆気にとられて視線を落とすしかなかった。 「総悟は昔っから物欲ってものがなくてな、唯一欲しがったのがお前だ」 銀時のことを話題にするとき、沖田は、自慢げに、楽しげに話す。それほど口数の多くない沖田が、そのときは饒舌になるのだという。 それを聞いた銀時はまた言葉を失った。あーだのうーだの唸ってみるが、納得できるような答えは見つからず。片手で頭を抱えて、困惑した表情で土方を見やるしかない。 「くくくっ」 「……何だよ」 「面白い奴だな、お前。総悟が気に入るのもわかる」 土方が笑う。刑事らしくなく、どちらかと言えば沖田に似ているような、気障な笑み。 煙草を携帯灰皿に捨て、土方は立ち上がる。それを視線で追えば、もう帰るという返事が返ってきた。疲れ切った銀時は、ひらひらと手を振ることしかできない。 沖田と同じく興味本位でやってきた土方は、立ち去り際に銀時の頭をくしゃりと撫でた。 「総悟をよろしくな、銀時」 沖田のことは好意的に見ることができるけれど、土方のことは嫌いだと思った。 to be continued... +++++ ……だんだん意味がわからなくなってきました。 久々の怪盗シリーズ更新です。 なんかこう、お題とストーリーの進行を合わせると、難しいですね…… とりあえず、出会い編みたいな? 短くさらっとまとめたいなぁ。 続き読みたいって言ってくださった方に個人的に捧げ(笑) 2008.12.31.(大晦日!) |