風変わりな自称怪盗さんが家にやってきたのは、先週の金曜日。
 その日銀時は、締切の迫った課題を片付けるために日をまたいで机に向かっていた。






【唇が触れ合いそうな、】






「ふぅ……」
 とりあえずレポートが一段落ついて、思わずため息をつく。
 どっと疲れがやってきたようで余計に疲労感を覚えた。何故か銀時を気に入っているらしい教授が特別に出してくれた課題は明らかに他の学生よりも膨大で、二週間程度の猶予では到底終わりそうにない。
(今日もまた徹夜かぁ……)
 うんざりしながら息抜きがてらにベランダに出る。眠らない街の明るさに少々目が眩んだ。
 見上げた先の大きな月を、きっと誰も気にしていない。人工的でなくたって、こんなにも綺麗なのに。
 しばらくして戻ろうとした銀時の耳に物音が聞こえた。しかも、自分の家の中から。
 誰かいる……はずはない。銀時は一人暮らしだ。じゃあ銀時に懐いている猫だろうか。周囲から猫屋敷と呼ばれるほど、銀時は猫に懐かれるから。
(でも、猫にしちゃでかい気が……)
 恐る恐る足を踏み入れる。光源は机の上のライトだけだが、月明かりのおかげで随分明るい。部屋の中にいれば、必ず見えるはず。
「こんばんは」
「うぇ、あ、ああ!?」
 身構えていたはずなのに、急に声をかけられて声がひっくり返った。心臓の鼓動がひっきりなしに走り回っている。
「そんなに驚かすつもりじゃなかったんですがねィ」
 銀時と向かい側にあるベッドの上に、少年が一人、座っていた。
 さらりと、触れたら気持ちよさそうな栗色の髪。緩やかに弧を描く口元。少年と青年の間のような華奢な体。惜しみなく溢れる甘い雰囲気。そして、一番目を引く、赤い赤い瞳。
 何故だろう。銀時は魅入られたように動けなくなっていた。
「すみませんねィ、驚かせて」
 少年が立ち上がり近づいてくる。銀時はやっと我に返って頭を振ると、今更ながらに警戒態勢を取る。
「そりゃ驚くだろーが。何勝手に他人家入ってんだよ。言っとくけど盗むもんなんかねぇぞ」
 出ていかないと警察を呼ぶ。そう言外に込めたのに、少年はまだ銀時に近づく足を止めない。投げかけられた言葉は衝撃の言葉。
「アンタがあんまり綺麗なんで、つい入って来ちまいました」
「はぁ!?」
 信じられないと思いながらも、無邪気に笑う少年に毒気を抜かれた。ふっと力を抜いて少年のそばをすり抜けるようにベッドに座る。
「意味わかんねー……」
「怪盗が綺麗なもんに興味を持つのは当然だろィ?」
 二度目の爆弾に今度は言葉も失って。これはきっと夢なんだと頭が逃避を始めた。
 少年はふわりと笑って、銀時の隣に座る。優しげな手がやはり優しく銀時の髪に触れる。
「遠くからでも綺麗でしたが、近くで見るともっと綺麗だ」
「な、なん……!」
 言われ慣れない言葉に銀時は耳まで真っ赤になった。
「男に綺麗綺麗言うなっ!」
 恥ずかしくて恥ずかしくて顔を俯かせる。突然怪盗を名乗る少年に綺麗だと言われ、どうしていいかわからない。銀時の頭はパニック状態だ。
「綺麗なもんは綺麗なんだからしょうがねェや」
 少年はくすくすと笑みを零し言う。銀髪を撫でる手は止まらない。
「それにしても、警戒しないんですかィ? 俺ァ天下の大怪盗ですぜィ?」
「ぷっ……」
 少年の言葉に銀時は思わず吹き出した。
「自分で言うかフツー。くくっ……まあ、天下の大怪盗様は価値あるものしか狙わねぇから平気だよ」
 今世間を騒がす、怪盗『蒼』。会社の重役や国会議員、果てには裏社会のボスに至るまで、そのターゲットは様々で、価値ある芸術品、宝石を盗んでは警察を嘲笑ってみせる。手口は実に鮮やかで、その上悪事を働く者しかターゲットにしないということから、世間では義賊的な怪盗として人気を集めている。
 そう……彼が狙うのは芸術品。この家には芸術品どころか金目のものすらない。たとえ目の前にいる少年が怪盗でも、盗むものは何もないのだ。
 悪戯っぽく笑った銀時に、少年――怪盗『蒼』も可笑しそうに笑った。
「確かに、この家には価値あるものはなさそうですねィ」
「だろ?」
 だから大丈夫と言わんばかりの銀時を、怪盗は軽く力を込めて押し倒した。突然のことに戸惑う銀時には抵抗する間もない。
「だからといって警戒しない理由にはなりませんぜィ?」
 深い深い赤に捕らわれる。
 銀時は息もできずに赤い瞳を見つめる。怪盗はますます目を細め、滑らかな頬に手を添えた。
「無防備すぎちゃ、襲われますぜィ」
 こんなふうに。
 怪盗の顔がだんだんと近づいてくる。あと少しで唇が触れ合いそうな、気が、して。銀時はぎゅっと目を瞑った。
(何してんだよ俺ェェェェ!)
 吐息が絡み、二人の距離がゼロになろうとした、その時。
「銀時、起きてるかい?」
 老いた女の声が二人を遮った。
「起きてるんならさっさと開けな。お客さんだよ」
 お客とやらは十中八九警察だろう。せっかく楽しくなってきたのに、と怪盗は肩を竦めた。触れようとした唇を手で塞いで、代わりに額を突き合わせる。
「何すん……」
 言いかけた言葉は手のひらで消して。真っ赤になった銀色に目だけで微笑んでみせる。
 静かに、ね?
「銀時、寝てるのかい?」
 女が何度も銀時を呼ぶ。銀時は心の中で謝りながら、しかし抵抗しようとは思わなかった。
 彼女はお登勢といって、銀時が下宿させてもらっている家の主人だ。一階部分を居酒屋として使っていて、キャサリンという外国人を一人、雇っている。口は悪いが、身寄りのない銀時の面倒をよく見てくれる優しい人物だ。
 このところ徹夜続きでまともに寝ていないのを、銀時を呼び続けるお登勢は知っている。返事をしないことを不思議に思うかもしれない。だが、銀時はどうしても怪盗を警察に突き出す気になれなかったのだ。
 手のひら一つに阻まれた唇がやけに鼓動を速くする。なんでこんなに近いんだ、とか、何しに来たんだよコイツ、とか、言いたいことはたくさんあるはずなのに、言葉を発することもできなくて。
 ただただ、お登勢がいなくなるのを待つ。 「悪いね、寝てるみたいだよ」
「そうですか。捜査にご協力ありがとうございました」
「いや、こちらも役に立てなくて済まないね」
 お登勢と警官らしき男が会話を交わしたのを最後に、急に静かになった。どうやら危機は乗り切ったらしい。
「今夜はもうお暇しまさァ」
 怪盗が銀時から離れていく。鼓動が速くなる原因が離れてくれて安心した反面、どこか寂しい気もして銀時は勢いよく起き上がった。
「何なんだよお前。何しに来たんだよ。つーか、何の嫌がらせ……」
「俺ァ沖田総悟」
 銀時の言葉を遮り、怪盗は名乗った。銀時の手を取り恭しく口づけて、嫣然と微笑む。
「また逢いましょう?」
「……!」
 銀時が息を呑んだのと同時に、怪盗はさっと身を翻して。まるでその存在などなかったかのように闇に紛れていった。
 残された銀時はへなへなと座り込む。
 触れられた手が熱い。熱が、引かない。
「キザすぎんだよバーカ……」
 そう零すのが精一杯だった。






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 高級マンションの最上階に事も無げに侵入した怪盗は、真っ先にベッドに沈み込んだ。
 誤算だった。
 仕事のたびに見かけた、綺麗な銀色。机に向かう姿以外を見てみたくて、興味本位に忍び込んだ。月の光に透ける銀色にしか用はなかった。
 なのに。
「おかえりヨ〜」
 リビングの方から少女が入ってくる。いつもは結ばれているオレンジ色の髪をさらりと流して、パジャマらしいチャイナ服に枕を抱えている。今まで眠っていたようだ。
「遅かったアルな」
「心配しなくても仕事は完了してるぜィ?」
「そういう意味じゃないヨ。総悟に盗めないものはないって知ってるアルからな」
 年の割に大人びた少女は子供らしい笑い方でくすりと笑う。
「私が起きるほど楽しそうな気配してたから聞きにきただけネ。何かあったアルか?」
 自分は眠りの深い少女を起こすほど気配を殺せていなかったらしい。怪盗としては不覚だ。
 原因は紛れもなく、光に輝く無防備な銀色。初めて私利私欲で欲しいと思ったそれ。
「神楽にゃまだ早い話でィ」
「何をぅ! バカにしてるアルな!? 子供扱いすんじゃねーヨ、ガキが」
「ガキにガキと言われる筋合いはねェや」
 ムキーッと本格的に怒り出した神楽を放って、沖田は目を閉じる。よほど疲れたのか睡魔はすぐに襲ってくる。
 落ちる意識の中、銀色が視界をよぎった。






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 今夜もまた、銀時は課題と戦っていて。時折手を止めては、ベランダから外を見やる。
 赤い瞳が忘れられずに、怪盗の言葉を信じている自分がいる。あんな気まぐれ、もう二度とないのはわかっているのだが。
「ぁ……」
「こんばんは」
 ベランダに舞い降りた怪盗は恭しく頭を下げた。






to be continued...






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なんだかよくわからない話になった、というのが正直な感想です。
間開けて書くとこんなふうになっちゃうのがよくわかりました(汗)
沖田くんこんなに積極的にさせるつもりなかったのになぁ…
ちなみに自覚なしに銀さんに惚れちゃってます←
銀さんもまんざらじゃない(笑)
なんとか連載みたいな形にしていきたいと思ってますので、ぜひぜひお付き合いくださいませ☆






初稿 2008.10.5.
改稿 2010.05.08.